孤独と孤高

大学時代に「孤高」という言葉を知った。孤高とは「衆愚に交わらず、ただ一人、気高い境地にいる事」。そして私は自分自身を孤高であると思い込もうとしていた。周りにいる人間は本も読まない、身体も鍛えないロクでもない奴に見えていた。勘違いも甚だしい愚かさだが、そんな事にも気付かなかった。なぜ、そんな思考になったのか不思議だが緘黙を脱出し、ある程度、自信めいたものが出てきたのかも知れない。

その大学時代、入学してしばらくするとクラスの中でいくつかの小グループが出来ていた。私は最初は必死の思いで話しかけて友達になったNと2人っきりだったが、その内、別の2人が加わり、4人で行動し、時々、1、2人が加わったりしていた。

そのグループのどこにも加わらず、単独行動をしていた男Kがいた。だからと言って、話しをしないとかではなく、会えば挨拶はするし、雑談もしていた。リーダーシップを発揮するようなタイプではなかったので私たちのようなおとなしめのグループ寄りだった。

Kは講義のない時間は図書館に籠り、勉強をして、昼休みには学校の周りをジョギングしていた。ジョギング姿の時によく会った。忘れてしまったが、何か明確な目標を持って邁進していた。

私は緘黙という恐怖、独りでいるという恐怖からKのような真似は絶対に出来ないのは判っていたので、その裏返しからか、Kを馬鹿にしていた。勉強するならこんな3流大学来るなよ!いつも一人でかわいそうな奴だ!そう思っていた。今考えれば判るが、自分のできない事をあっさりとやっているKを否定したかったんだと思う。

その時は気付かなかったが、Kこそ「孤高の人」ではなかったのか?衆に混じらず、頼らず、自分の道を突き進む。簡単なようだが、出来る事ではない。本当の強さを秘めていたのだと思う。もっともKにとっては自分のやりたいようにやっただけだろうけど・・・



★ランキングに参加してます。クリックして頂ければ励みになります。
    ↓
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 場面緘黙症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 社会不安障害へ
にほんブログ村

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック